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彼はヘルツルの「政治シオニズム」に対して、「精神的シオニズム」の中心的人物となった。 彼は1907年にロンドンに拠点を移したが、この時期ユダヤ人国家をウガンダに建設するウガンダ案を検討するシオニスト会議が開催されており、彼はこれに反対して反ウガンダ案の論陣を張った。 彼は、極端なウガンダ案を始め、ヘルツルらの政治的シオニズムは、「ユダヤ性」から逸脱してきていると断定した。もっとも彼は、「ディアスポラのユダヤ人をイスラエルの地に集めなければならない」とは考えていなかったという。むしろ、ユダヤ教徒への差別を初めとする問題の解決は、それぞれの土地で可能だと考えていたという。 彼はイスラエルは「精神的な中心地」として必要であるとし、イスラエルの地がユダヤ人にとって必要なのは、「ヤハドゥート(ヘブライ語では、ユダヤ教・ユダヤ的精神・「ユダヤ性」を含んだ広い概念といわれる)の問題の解決」のためであり、「ユダヤ人国家」も「ヤハドゥート」の実現のために必要なのだ、と主張した。 彼にとって、シオニズムとユダヤ人国家はあくまでユダヤ人の「精神的中心地」の復興なのであり、すべての「離散ユダヤ人」がイスラエルの地に帰還してくる必要などはなく(これは現在でも当然のことと思われる)、また「精神的ユダヤ人国家」に、「世俗的利益」にしか関心のないユダヤ人が移民してくることは許されない、と主張した。したがって、アハッド・ハアムは「バルフォア宣言」にはさほど熱狂しなかったという。 また彼はバルフォア宣言以降、ユダヤ人国家建設の主張と並行して、アラブ人の民族的権利も擁護するようになった。 イギリスによるパレスチナ地方の委任統治が始まった1922年に、彼はイスラエルの地に帰還し、5年後に逝去。アハッド・ハアムのイスラエルの地への帰還は、ユダヤ教的「巡礼」に倣ったという見方もある。 なお、伝統的なユダヤ教徒は、「聖地での安眠」と、メシアが最初に降りてくるというオリーブ山地区に埋葬されたい、という宗教的情熱があるという。
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